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小牧・長久手の戦い解説!豊臣秀吉が唯一徳川家康に敗れた理由と和睦の真相

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2026年の大河ドラマ「豊臣兄弟」でも描かれるであろう、戦国時代最大のドリームマッチにして、天下の行方を決定づけた大一番。 それが、「小牧・長久手の戦い(こまき・ながくてのたたかい)」です。

対戦カードは、 「信長の後継者として天下人に王手をかけた男」羽柴秀吉 VS 「信長の盟友であり海道一の弓取り(東海道最強の武将)」徳川家康

この戦いは、破竹の勢いで快進撃を続けていた秀吉が、生涯で唯一、明確に「戦術的な敗北」を喫した合戦として有名です。 しかし、最終的に天下を獲ったのは秀吉でした。 「兵力では圧倒的に勝っていた秀吉が、なぜ負けたの?」 「戦で勝ったはずの家康が、なぜ後に秀吉の家来(臣従)になったの?」 「この戦いの裏で、弟の豊臣秀長はどんな役割を果たしたの?」

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目次

小牧・長久手の戦いはなぜ起こったのか?

まずは、なぜ昨日までの「同盟相手(信長の部下とパートナー)」が、血で血を洗う戦いをすることになったのか、その背景を見ていきましょう。

織田信雄と徳川家康の同盟

1582年の本能寺の変の後、秀吉は「山崎の戦い」で明智光秀を、「賤ヶ岳の戦い」で柴田勝家を破り、織田家の実権をほぼ手中に収めました。 これに我慢ならなかったのが、信長の次男・**織田信雄(おだ のぶかつ)**です。 信雄は、一時は秀吉と協力していましたが、秀吉が自分をないがしろにして権力を独占していく様子に気づき、「秀吉は家来の分際で、織田家を乗っ取る気か!」と激怒します。

信雄は、父・信長の盟友であり、東海地方に強固な地盤を持つ徳川家康に助けを求めます。 家康にとっても、秀吉の急激な勢力拡大は脅威でした。 「このまま秀吉を野放しにすれば、いずれ徳川も飲み込まれる。ここで叩いておかなければ、未来はない」 そう判断した家康は、信雄と手を組み、「信長様の正当な後継者を守る」という大義名分(正義)を掲げて、秀吉に対抗する姿勢を見せました。

さらに、家康たちは長宗我部元親(四国)や雑賀衆(紀伊)、佐々成政(北陸)など、全国の反秀吉勢力にも声をかけ、「秀吉包囲網」を作り上げました。 こうして1584年、尾張(愛知県)を舞台に、日本全土を巻き込んだ天下を二分する大戦が始まったのです。

小牧・長久手の戦い:睨み合いの「小牧」と、激突の「長久手」

この戦いは、大きく分けて二つのフェーズ(段階)があります。 お互いに動かない神経戦「小牧(こまき)の対陣」と、両軍が激しくぶつかった局地戦「長久手(ながくて)の戦い」です。

小牧山城での睨み合いと徳川家康の土木工事

兵力は、秀吉軍約10万に対し、家康・信雄連合軍は約3万(諸説あり)。 まともに平野でぶつかれば、数の暴力で秀吉の圧勝です。 しかし、家康は尾張の要所である**小牧山城(こまきやまじょう)**にいち早く入り、立てこもって徹底的な「守り」の態勢に入りました。

ここで家康が見せたのが、驚異的な「土木工事力(築城術)」です。 家康は、小牧山城の周りに大規模な土塁(どるい=土の壁)や空堀を張り巡らせ、さらに周辺の砦(とりで)とも連携させて、即席ながら鉄壁の要塞ライン(防衛線)を作り上げました。 「攻められるものなら攻めてみろ、返り討ちにしてやる」と言わんばかりの構えに、さすがの秀吉も「これは手が出せん」と攻めあぐねました。

秀吉も対抗して土塁を築き、両軍は数キロの距離を挟んで睨み合います。この膠着(こうちゃく)状態は数ヶ月続き、秀吉軍の中には「いつまで待つんだ」という焦りの空気が漂い始めました。

長久手の戦い:豊臣秀吉の焦りと「中入り」の失敗

痺れを切らしたのは、数で勝る秀吉側でした。 「家康が動かないなら、家康の留守宅である本拠地(三河・岡崎城)を直接叩いてしまおう」 そう考えた秀吉軍の猛将・池田恒興(いけだ つねおき)は、秀吉に「中入り(なかいり=敵の背後に回り込む作戦)」を提案します。 秀吉は当初乗り気ではありませんでしたが、池田恒興の強い要望に折れ、総大将の甥・羽柴秀次(のちの関白)を大将として、約2万の別動隊を密かに三河へ向かわせました。

しかし、家康はこの動きを完全に読んでいました。地元の農民や伊賀忍者を駆使した情報網で、別動隊の動きを察知すると、主力部隊を率いて夜陰に乗じて小牧山城を脱出。 別動隊を追いかけ、**「長久手(ながくて)」**という場所で待ち伏せし、奇襲をかけました。

結果は、家康軍の圧勝でした。 油断して行軍していた秀吉軍の別動隊は、家康軍の猛攻を受けてパニックに陥り、総崩れとなります。 総大将の秀次は命からがら逃げ出しましたが、発案者の池田恒興や、「鬼武蔵」と恐れられた森長可(もり ながよし)といった有力な武将が次々と討ち取られ、壊滅的な被害を受けました。 これが、秀吉が生涯で唯一味わった、言い訳のできない「完敗」です。

なぜ徳川家康は小牧・長久手の戦いに勝てたのか?勝因は「情報」と「野戦」

圧倒的な兵力差がありながら、なぜ家康は勝てたのでしょうか?

最大の理由は、家康の**「情報収集能力」「野戦(やせん)の強さ」**です。 家康は、自分の領地に近い地理的有利を活かし、秀吉軍が「いつ、どこを通るか」を手に取るように把握していました。 また、三河武士団の結束力と、家康自身の現場指揮能力は、当時の日本で最強クラスでした。家康は自ら馬に乗って最前線で指揮を執り、部隊を自由自在に動かしたと言われています。

秀吉は「数」を頼みに油断し、家康は「質」と「情報」でそれを覆したのです。この敗北は、秀吉に「家康は武力では倒せない」と痛感させました。

小牧・長久手の戦い:戦後の逆転劇。なぜ豊臣秀吉の勝ちになったのか?

戦術的には家康の圧勝でした。家康の名声は天下に轟き、「秀吉恐るるに足らず」という空気が流れかけました。 しかし、歴史の教科書では、この戦いは最終的に「秀吉の天下統一へのステップ」として扱われます。 なぜなら、戦いの後の「政治戦(外交戦)」で、秀吉が鮮やかな逆転勝利を収めたからです。

豊臣秀吉の戦略転換。「戦」から「外交」へ

長久手で負けたと聞いた秀吉は、悔しがりながらも、すぐに頭を切り替えました。 「家康とこれ以上戦っても損害が増えるだけだ。戦う相手を変えよう」

秀吉は、強すぎる家康ではなく、家康が担いでいる総大将・織田信雄にターゲットを絞りました。 秀吉は全軍を挙げて信雄の領地(伊勢など)を徹底的に攻撃し、さらに「降伏すれば領地を保証するが、しなければ滅ぼす」という脅しと甘い言葉で揺さぶりをかけました。 精神的に追い詰められた信雄は、なんと家康に相談することなく、**秀吉と単独で講和(仲直り)**してしまったのです。

これには家康も驚愕しました。 「信雄様のために戦っていたのに、その本人が勝手に降参してしまった」 家康は、秀吉と戦うための「大義名分(戦う理由)」を失ってしまいました。こうなると、ただの反乱軍になってしまいます。 家康は、涙を飲んで軍を引くしかありませんでした。秀吉は「将(家康)を射んと欲すれば先ず馬(信雄)を射よ」を実践したのです。

豊臣秀長による「母・人質作戦」で完全決着

戦いが終わっても、家康はなかなか秀吉に臣従(家来になること)しませんでした。 「戦では勝ったのだから、対等の同盟関係であるべきだ」というプライドがあったからです。秀吉が何度上洛(京都に来ること)を求めても、家康は拒否し続けました。

そこで動いたのが、弟の豊臣秀長(とよとみ ひでなが)です。 秀長は、「力で家康を屈服させるのは不可能だが、家康は義理堅い男だ」と見抜き、武力ではなく「誠意」で家康を動かす作戦に出ます。

  1. 妹の嫁入り: 秀吉の妹・**朝日姫(あさひひめ)**を、夫と無理やり離縁させ、家康の正室(継室)として嫁がせる。
  2. 母の人質: さらに、秀吉と秀長の母・大政所(おおまんどころ)を、「朝日姫のお見舞い」という名目で、実質的な人質として家康のもと(岡崎)に送る。

「天下人が、自分の母親を人質に差し出す」 この常識外れの誠意、なりふり構わぬ秀吉(と秀長)の姿勢に、ついに家康も折れました。 「ここまでされたら、行くしかない。これ以上断れば、世間は俺を『器の小さい男』と見るだろう」 家康は上洛し、大坂城で秀吉に臣従を誓いました。この時、秀吉は家康に「陣羽織」を贈ったという逸話もあります。

小牧・長久手の戦いまとめ:戦術で勝った徳川家康、戦略で勝った豊臣秀吉

いかがでしたでしょうか。 小牧・長久手の戦いをまとめます。

この戦いは、

  1. 戦場(戦術レベル): 徳川家康の圧勝。秀吉軍を撃破し、最強の武名を天下に轟かせた。
  2. 政治(戦略レベル): 豊臣秀吉の勝利。外交で相手の大将(信雄)を降ろし、最終的に「家族(母と妹)」を使って家康を屈服させた。

という、非常に高度な頭脳戦でした。 秀吉にとって唯一の敗北でしたが、その負けをすぐに損切りし、「プライドを捨てて実利を取る(家康を家来にする)」という目的に集中した切り替えの早さこそが、彼が天下人になれた理由かもしれません。

大河ドラマ「豊臣兄弟」では、この緊迫した駆け引きと、秀吉・秀長・家康それぞれの思惑がどう交錯するのか。特に、母を人質に出す際の兄弟の葛藤や、家康の決断は、最大の見せ場になること間違いなしです!

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